安全の船・安全の海をもとめて

設立の経緯

昭和40年代当初の我が国の経済は一層活発となり、そのため、海上交通、船舶の構造並びに運航形態が著しく多様に変化しました。 このような状況下、海上交通には極めて大規模かつ重大な危険性をはらんでおり、現実に、この年代以降、海難件数は、毎年増大し幾多の重大な海難が発生しました。 当時、(社)海難審判研究会と(社)海難審判扶助協会の二つの公益法人が高等海難審判庁長官の監督下にありました。 前者は、海難審判及び海難審判事件に関する調査研究を行うほか、海難審判等に係る研究の奨励に関する事業を行っており、後者は、基本的人権尊重の精神に則り資力の乏しい海難審判関係人に対し、海事補佐人の選任に要する費用等の扶助及び海難審判に関する一切の相談に応ずる事業を行っていまた。 こうしたなか、両団体の事業の成果に対する関係方面の認識が高まり、一層の発展に期待が寄せられる一方、会員間においては、海難審判を背景とする両団体の事業を統合し、資金面の安定に努め、事業の一層の拡充、発展を期そうとの機運が高まっていました。 ここにおいて、両団体は、発展的解散に踏み切り、両団体の事業及び資産を承継し、昭和43(1968)年7月1日に(財)海難審判協会が設立され、今日に至っております。

 

沿革(年表)

昭和23年2月29日 海難審判法(昭和22年法律第135号)施行
昭和24年9月7 日 任意団体「日本海難防止会」設立
(海難審判庁裁決録の刊行、海難防止に関する研究会等の開催等の事業を実施)
昭和26年12月10日 「(社)日本海難防止会」に改組
昭和34年1月27日 任意団体「海難審判研究会」設立
昭和34年3月20日 「(社)日本海難防止会」が解散
昭和34年8 月1日 ()海難審判扶助協会」設立
(海難審判扶助事業が発足する。札幌、塩釜、横浜、神戸、広島、北九州、長崎に支部を置く。)
昭和38年12月20日 任意団体「海難審判研究会」が「(社)海難審判研究会」に改組
昭和43年6月1日 (社)海難審判研究会に斎藤基金を設立
昭和43年6月10日 (社)海難審判研究会」と「(社)海難審判扶助協会」が統合。 新団体「財団法人海難審判協会」の設立総会を開催
昭和43年6月13日 高等海難審判庁長官経由で運輸大臣あて「運輸大臣の所管に属する公益法人の設立及び監督に関する規則第2条」の規定に基づき「財団法人海難審判協会」の設立申請と、「社団法人海難審判研究会」及び「社団法人海難審判扶助協会」の両団体の解散申請を行う。
昭和43年7月1日 運輸大臣より「財団法人海難審判協会」の設立許可を受ける。
「財団法人・海難審判協会」設立 ((社)海難審判研究会と(社)海難審判扶助協会は発展的解散、両団体の事業及び資産を承継)

本 部:東京都港区西新橋1-17-2三和第一ビル内に置く
支 部:北海道(札幌市)、東北(塩釜市)、横浜(横浜市)、神戸(神戸市)、広島(広島市)、門司 (北九州市)、長崎(長崎市)
相談所:小樽(小樽市)、仙台(仙台市)、横浜(横浜市)、名古屋(名古屋市)、神戸(神戸市)、広島(広島市)、高松(高松市)、門司(北九州市)、長崎(長崎市)
昭和44年6月25日 機関誌「海難と審判」の発刊
昭和49年4月1日 那覇市に那覇支部及び那覇相談所を設置
昭和55年3月31日 函館市に函館相談所を設置
昭和57年3月31日 高松相談所廃止
昭和58年3月31日 小樽相談所廃止
昭和60年4月1日 東京都に東京相談所を設置
昭和61年4月 日 東北支部を仙台市に移転
昭和63年3月31日 名古屋相談所廃止
平成 8年4月1日 本部事務所移転
新住所 東京都港区赤坂3−12−3 中峰ビル4階
平成13年5月19日 本部事務所移転 
新住所 東京都千代田区麹町4−5 海事センタービル4階
平成19年6月11日 本部事務所移転
海事センタービル 4階から5階へ移転
 

目的

海難審判及び海難審判事件に関する調査、研究を行い、海難防止施策に寄与するとともに、海難審判関係 者の権利を擁護することにより、海難審判の公正な運用に資し、もって海事の発展に貢献することを目的と します。(寄附行為第3条)

 
 

組織

下図のとおり、本部を東京都に、支部を札幌市ほか全国7市に置いています。
また、各海難審判庁の所在地の全国9ヶ所に「海難審判相談所」を設置し、相談員を配置しています。

 
組織図
 

事業運営

       ・ 寄付行為         ・ 役員名簿

     ・ 事業報告書        ・ 収支計算書

     ・ 正味財産増減計算書  ・ 貸借対照表

     ・ 財産目録         ・ 事業計画書

     ・ 収支予算書               ・ 公開情報