安全の船・安全の海をもとめて

第4例 貨物船甲丸漁船乙丸衝突事件

裁決要旨(平成18年6月29日・長崎審判庁言渡)

受  審  人     A
職       名    甲丸船長
海 技 免 許   四級海技士(航海)

受  審  人    B
職      名     乙丸船長
海 技 免 許   五級海技士(航海)
補  佐   人   a

 

主 文

本件衝突は,入航する乙丸が,視界制限状態における運航が適切でなかったばかりか,防波堤の突端を左舷に見て航行するとき,できるだけこれに遠ざかって航行しなかったことによって発生したが,甲丸が,視界制限状態における運航が適切でなかったことも一因をなすものである。
 受審人Bを戒告する。
 受審人Aを戒告する。

理 由(海難の事実)

1.事件発生の年月日時刻及び場所

 平成17年3月11日06時25分
 長崎県三重式見港
 (北緯32度48.9分 東経129度45.6分)

2.船舶の要目等

(1)  要 目

      船 種 船 名  貨物船甲丸        漁船乙丸
   総 ト ン 数   497トン              308トン
   全     長   70.50メートル        53.50メートル
   機関の種類    ディーゼル機関    ディーゼル機関
   出    力   1,471キロワット      1,323キロワット     

(2) 設備及び性能等
 ア 甲丸
甲丸(以下「甲丸」という。)は,平成9年6月に進水し,専ら三重式見港と五島列島諸港間の車両輸送に従事する,可変ピッチプロペラ1基を備えた船首船橋型貨物フェリーで,船首端から船橋前面までの距離が約18メートル,船橋における眼高が10.8メートル(以下,水面上高さについては本件当時の喫水又は潮高による。),両舷灯の水面上高さが9.3メートル,前部マスト灯の水面上高さが14.9メートル,レーダーアンテナの水面上高さが15.6メートルであった。
 海上公試運転成績書によると,初速15.91ノットでの舵角35度による旋回性能は,左転の最大縦距が157メートル,最大横距が174メートルであり,右転の最大縦距が136メートル,最大横距が151メートルで,90度左及び右旋回するのに要する時間がそれぞれ37秒及び34秒程度であった。また,同初速における最短停止時間が45秒,同停止距離が181メートルであった。
 イ 乙丸
乙丸(以下「乙丸」という。)は,昭和60年9月に進水した船尾船橋型の大中型まき網漁業付属船(運搬船)で,船首端から船橋前面までの距離が約38メートルで,船首楼後部から船橋前面にかけての船体に,前方から冷水槽,及び順に1番ないし9番の魚艙を備えていて,船橋における眼高が6.5メートル,両舷灯の水面上高さが7.2メートル,前部マスト灯の水面上高さが10.1メートル,レーダーアンテナの水面上高さが10.8メートルであった。
甲板上の作業灯として,後部マスト前方に設けたポストから前部マストに張った長さ27.5メートルのワイヤーに傘付き500ワットの,白熱灯4個及び水銀灯4個を吊り下げ,前部マストと船橋前面の両舷に,斜め下前方に向けた傘付き500ワットの白熱灯各1個を設置していた。
船舶件名表中の海上試運転成績によると,初速14.87ノットでの舵角35度による旋回性能は,左転及び右転の旋回半径が,それぞれ90メートルで,90度旋回するのに要する時間がそれぞれ32秒であった。また,同初速における後進試験での最短停止距離が後進起動後150メートル,その所要時間が38秒であった。
3 三重式見港
三重式見港は,港則法が適用され,長崎漁港(三重地区)にも指定されている港で,北北東方に湾入した長崎県京泊の湾奥から長さ600メートル幅350メートルの中央ふ頭が南南西方向に構築されていた。同ふ頭の東側岸壁が,以西底びき漁船及び近海沿岸漁船の水揚げ岸壁で,その前面水域が南南西方を内防波堤(B)及び内防波堤(D)によって遮蔽された通称東泊地となっていた。東泊地奥に構築された準備岸壁が,毎日定期的に五島列島との間を1往復する五島の係留場所であった。中央ふ頭の西側岸壁が,まき網漁船の水揚げ岸壁で,その前面水域が南南西方を内防波堤(E)及び北防波堤によって遮蔽された通称西泊地となっていた。また,西泊地の奥部が多数の小型漁船の係留場所となっていた。
中央ふ頭の南南西方600メートル沖合には,298度(真方位,以下同じ。)方向に水面上高さ9.2メートル長さ700メートル,続いて屈曲して288度方向に同高さ7.0メートル長さ400メートルの逆くの字型の南防波堤が,同堤西端の300メートル北北東方より330度方向に長さ450メートルの北防波堤がそれぞれ構築されていて,南防波堤西端と北防波堤南端との間が西北西方に開かれた幅300メートルの西港口と通称する,東泊地や西泊地に出入りする船舶の主たる出入口となっていた。
南防波堤の北側には,同堤西端から280メートル以東で,同堤沖合110メートルまでの水域に多数のいけすが設置されていた。
西港口の1,600メートル南南西方沖合には沖防波堤が構築され,同堤南端の350メートル南南東方に三重式見港三重中央灯浮標(以下,航路標識の名称については「三重式見港三重」の冠称を省略する。)が設置され,同灯浮標と西港口を結ぶ012度の方位線が導灯(前灯,後灯)によって示されていた。
準備岸壁を出航する船舶は,離岸して東泊地を南下し,内防波堤(B)と同堤(D)の間を通過して右転したのち,中央ふ頭南側と南防波堤の間の長さ約1,100メートル可航幅約550メートルの水域を西行し,西港口で大きく左転,南下して沖合に向かうものであった。一方,水揚げのために入航する大中型まき網漁船は,中央灯浮標付近からほぼ導灯の方位線に沿って北上し,大きく右転して西港口を通過したのち,北防波堤南端を左舷側に見て大きく左転し,同堤と中央ふ頭南西端から西方に230メートル延びた内防波堤(E)西端との間を通過し,更に同西端を右舷側に見て大きく右転して西泊地に至り,同ふ頭の西側岸壁に着岸するものであった。

4.事実の経過

甲丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,右舷錨を投じて錨鎖5節を伸出し,三重式見港の準備岸壁に船尾付け係留して車両12台を搭載し,乗客12人を乗せ,船首2.20メートル船尾5.35メートルの喫水をもって,平成17年3月11日06時18分同岸壁を発し,長崎県福江港に向かった。
ところで,A受審人は,出航予定時刻05時50分を過ぎたのち,06時00分昇橋し,折からの霧で視界が制限されている状況下,準備岸壁に船尾係留索を取ったまま揚錨を終え,バウスラスターを操作して船首を209度方向に保持し,南防波堤西灯台から065度1,630メートルの地点で予約車両の到着を待ち,その間に入航船の有無を1.5海里レンジとしたレーダーによって見張ったところ,06時13分右舷船首21度1.2海里のところに乙丸のレーダー映像を初めて探知し,その後,そのエコートレイルによって低速で入航する大型漁船であることを知った。
こうして,A受審人は,霧中であるにもかかわらず,一等航海士を出航後直ちに昇橋させて操船補佐に当たらせないまま,出航時から単独で操船に当たり,機関回転数及び翼角を徐々に上げながら内防波堤(B)と同堤(D)の間を通過したのち,06時21分半わずか過ぎ南防波堤西灯台から081度1,100メートルの地点で,針路を北防波堤に向く280度に定め,機関を回転数毎分650,翼角15度の半速力前進で,8.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)とし,法定の灯火を表示し,自動吹鳴装置により霧中信号を吹鳴し,手動操舵で進行した。
定針したとき,A受審人は,乙丸のレーダー映像を,左舷船首12度1,210メートルの西港口付近に認め,その後,同船と著しく接近することを避けることができない状況であることを認めたが,同船が東西両泊地のいずれに向かうのかは知らなかったものの,低速力で入航していたことから出航する自船の存在を認識していて,中央ふ頭にできるだけ近寄って航行すれば左舷を対して無難に航過できるものと思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを停止することなく,レーダーレンジを0.75海里に切り替えて続航した。
06時23分半A受審人は,南防波堤西灯台から065度640メートルの地点に達したとき,GPSプロッターの画面を見ながら北防波堤南端を右舷側にわずかに離すよう針路を270度に転じ,06時24分わずか前左舷船首8度400メートルに認めた霧の中に乱反射した乙丸の作業灯の明かりの見え具合から,同船の航海灯を視認できないまま,左舷を対して航過できると思い,依然,速やかに行きあしを停止しないまま進行した。
A受審人は,北防波堤に接航する針路としていたことから,同堤への接近状況をGPSプロッターで注視しながら続航していたところ,06時25分わずか前左舷側至近に迫った乙丸の船影を認めて衝突の危険を感じ,右舵一杯,翼角を全速力後進としたが及ばず,06時25分南防波堤西灯台から038度350メートルの地点において,五島は,280度に向首し,約6ノットの速力で,その左舷中央部に乙丸の船首が前方から60度の角度で衝突した。
当時,天候は霧で風力1の南南西風が吹き,潮候は上げ潮の中央期で,視程は約300メートルで,日出時刻は06時36分であった。
甲丸は,なおも右転しながら前進し,北防波堤南端から20メートルの同堤東面に,左舷船首が30度の角度で衝突した。
また,乙丸は,B受審人ほか7人が乗り組み,2月26日07時00分船団の僚船とともに長崎県鯛ノ浦漁港を発し,東シナ海の漁場に至って操業を行い,越えて3月10日04時55分アジ,サバ約13トンを漁獲し,船首2.6メートル船尾4.1メートルの喫水をもって,水揚げのため単独で三重式見港中央ふ頭の西側岸壁に向かった。
翌11日05時30分ごろB受審人は,長崎県伊王島の西方4海里付近で昇橋して単独で入航操船に当たり,霧のため視界制限状態であることを知り,05時54分半南防波堤西灯台の南南西2.8海里で,機関を9.0ノットの半速力前進に減じ,霧中信号を行わないまま,法定の灯火を表示し,手動操舵で進行した。
06時07分半少し前B受審人は,南防波堤西灯台から193度1,800メートルの地点において,針路を006度に定め,機関を微速力前進と中立とを適宜繰り返して5.0ノットの速力に減じたものの,水揚げ準備を行わせるため,甲板上の作業灯を点じ,同灯の明かりが周囲の霧に乱反射した状態で続航した。
06時11分半少し過ぎB受審人は,6海里レンジとしたレーダーで南防波堤の内側に航行船がいないことを確認したのち,出航する小型漁船を見落とさないよう0.5海里レンジに切り替え,06時17分少し前更に0.25海里レンジに切り替え,甲板員と機関員を船首の見張りに配したものの,一等航海士を昇橋させて操船補佐に当たらせないまま,いったん行きあしを止めた後,再び微速力前進と中立を適宜繰り返しながら3.0ノットの速力とし,針路を保つことができる最小限度の速力に減じて進行した。
06時22分半少し前B受審人は,南防波堤西灯台から341度170メートルの地点で右転を終え,北防波堤南端を左舷側に約50メートル離す068度の針路とし,その後,同堤南端を左舷に見て航行するとき,できるだけこれに遠ざかって航行しなかった。
06時19分半少し過ぎB受審人は,南防波堤西灯台から270度220メートルの地点に達したとき,同灯台の灯光を右舷側に視認して,西港口の外側で北防波堤に寄せるつもりで同堤南端に向けてゆっくりと右転を開始した。
06時21分半わずか過ぎB受審人は,南防波堤西灯台から321度180メートルの地点に達し,船首が061度に向いたとき,右舷船首27度1,210メートルに五島のレーダー映像を探知することができ,その後,西港口に向けて西行する同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが,専ら0.25海里レンジとしたレーダーで出航する小型漁船の有無を監視することに気を取られ,適切なレーダーレンジに切り替えるなどして,レーダーによる見張りを十分に行わなかったので,甲丸の存在に気付かず,必要に応じて行きあしを停止しなかった。
06時23分半B受審人は,甲丸の霧中信号を初めて聴取し,右舷船首15度540メートルに同船のレーダー映像を初めて探知したものの,自船がすでに西港口の北防波堤側に寄っていたことから,船首入港配置についた甲板員に出航船を探すよう指示し,自らも前方を注視しながら,行きあしを停止しないまま,原針路,原速力で続航中,06時25分少し前甲板上の作業灯の明かりが霧に乱反射した状況下,右舷前方100メートルに同船の船影を初めて視認し,左舵一杯,機関を全速力後進にかけたが及ばず,船首が040度を向き,約2ノットの速力で,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,甲丸は,左舷中央部外板に亀裂を伴う凹損を,乙丸は船首及び球状船首に凹損をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理され,甲丸の乗客1人が腰椎捻挫を負った。更に甲丸と北防波堤との衝突により,甲丸の左舷船首及び左舷錨に凹損を,北防波堤のコンクリート部材に欠落をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理された。

(航法の適用)
本件は,夜間,霧のため視界が制限された,港則法の適用される三重式見港の西港口付近において,出航中の甲丸と入航中の乙丸が衝突したものであり,以下,適用される航法について検討する。
港則法には視界制限状態における航法規定がなく,海上衝突予防法(以下「予防法」という。)第19条が適用される。
港則法に定められた航法に関する規定のうち,避航に関する事項については,予防法第40条の規定によって同法第11条が準用されるものの,視界制限状態にあった両船に対しては準用されないので,防波堤入口付近を入航中の乙丸に対し,港則法第15条の適用はない。
衝突地点付近が,南防波堤西端と北防波堤南端によって形成される西港口と,更に北防波堤南端と内防波堤(E)西端によって形成される西泊地への出入口とがほぼ平行に並ぶ両口の境界付近の北防波堤南端沖合であり,複数の狭い水道等が競合していて,予防法第9条第1項の適用はないが,同地点が北防波堤の突端から80メートルのところであり,視界制限状態においても港則法第17条の規定が適用されるので,北防波堤の突端を左舷に見て航行する乙丸が,できるだけこれに遠ざかって航行しなければならなかった。

(本件発生に至る事由)
1 甲丸
(1) 視界制限状態で出航するにあたり,一等航海士を昇橋させて操船補佐に当たらせるなどして複数による船橋配置としなかったこと
(2) 針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを停止しなかったこと
2 乙丸
(1) 霧中信号を行わなかったこと
(2) 甲板上の作業灯を点灯していたこと
(3) 視界制限状態で入航するにあたり,一等航海士を昇橋させて操船補佐に当たらせるなどして複数による船橋配置としなかったこと
(4) 適切なレーダーレンジに切り替えるなどしてレーダーによる見張りを十分に行わなかったこと
(5) 必要に応じて行きあしを停止しなかったこと
(6) 北防波堤南端を左舷に見て航行するとき,できるだけこれに遠ざかって航行しなかったこと

(原因の考察)
本件は,甲丸が,霧のため視界制限状態となった長崎県三重式見港を出航中,乙丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,必要に応じて行きあしを停止していれば,発生を防止できたものと認められる。
したがって,A受審人が,入航中の乙丸と著しく接近することを避けることができない状況となったことを認めたとき,同船が低速力としていたことから出航する自船を認識していて,中央ふ頭にできるだけ近寄って航行すれば左舷を対して無難に航過できるものと思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったことは,本件発生の原因となる。
A受審人が,視界制限状態において,速やかに一等航海士を昇橋させて操船補佐に当たらせるなどして複数による船橋配置としなかったことは,本件発生の過程で関与した事実であるが,本件と相当因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,乙丸が,霧のため視界制限状態となった三重式見港に入航中,適切なレーダーレンジに切り替えるなどしてレーダー見張りを十分に行っていれば,甲丸のレーダー映像を探知することができ,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,必要に応じて行きあしを停止することにより,及び北防波堤南端を左舷に見て航行するとき,できるだけこれに遠ざかって航行することにより,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,B受審人が,短距離レンジとしたレーダーで出航する小型漁船を探知することに気を取られ,適切なレーダーレンジに切り替えるなどしてレーダー見張りを十分に行わず,甲丸の存在に気付かず,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,必要に応じて行きあしを停止しなかったこと,及び北防波堤南端を左舷に見て航行するとき,できるだけこれに遠ざかって航行しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
B受審人が,視界制限状態において,速やかに一等航海士を昇橋させて操船補佐に当たらせるなどして複数による船橋配置としなかったこと,及び甲板上の作業灯を点灯して航行したことは本件発生の過程で関与した事実であるが,本件と相当因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらのことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
B受審人が,視界制限状態において,霧中信号を行わなかったことは本件発生の過程で関与した事実であるが,A受審人が乙丸の接近状況をレーダーで探知していたことから,本件発生の原因とならない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
本件衝突は,夜間,霧のため視界が制限された長崎県三重式見港において,入航する乙丸が,レーダーによる見張りが不十分で,出航中の甲丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,必要に応じて行きあしを停止しなかったばかりか,北防波堤南端を左舷に見て航行するとき,できるだけこれに遠ざかって航行しなかったことによって発生したが,甲丸が,乙丸と著しく接近することを避けることができない状況となったことを認めた際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを停止しなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
B受審人は,夜間,霧のため視界が制限された長崎県三重式見港に入航する場合,出航する甲丸を見落とさないよう,時々レーダーレンジを適切に切り替えるなどして,レーダーによる見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,短距離レンジとしたレーダーで出航する小型漁船を探知することに気を取られ,レーダーによる見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,甲丸と著しく接近することを避けることができない状況となったことに気付かず,必要に応じて行きあしを停止しないまま進行して同船との衝突を招き,甲丸の左舷中央部外板に亀裂を伴う凹損を,左舷錨等に凹損を,乙丸の船首に凹損を,北防波堤のコンクリート部材に欠落をそれぞれ生じさせ,甲丸の乗客1人に腰椎捻挫を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は,夜間,霧のため視界が制限された長崎県三重式見港から出航中,入航する乙丸と著しく接近することを避けることができない状況となったことを認めた場合,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,また,必要に応じて行きあしを停止するべき注意義務があった。しかるに,同人は,同船が低速力としていたことから出航する自船を認識していて,中央ふ頭にできるだけ近寄って航行すれば左舷を対して無難に航過できるものと思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを停止しなかった職務上の過失により,同船との衝突を招き,前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。

 

参考図(PDFファイル)  第4例 貨物船甲丸漁船乙丸衝突事件

コメント

本件は、霧のために視界制限状態にあった長崎県三重式見港において、車両及び旅客を乗せて出航する総トン数497トンの貨物フェリー甲丸(以下「甲丸」という。)と、アジ、サバ約13トンを漁獲して入航する総トン数308トンの大中型まき網漁業船団所属の運搬船乙丸(以下「乙丸」という。)とが、同港南・北両防波堤間の西北西方に開かれた幅300メートルの西港口と通称される港口付近で衝突した事故である。
裁決は、乙丸が視界制限状態における運航が適切でなかったばかりか、左舷に見る防波堤突端から遠ざかって航行しなかったことを主因とし、甲丸が視界制限状態における運航が適切でなかったことを一因としている。
裁決が示す「視界制限状態における運航」とは、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)の19条に規定されている「視界制限状態における航法」をいい、具体的には、見張りの励行や安全な速力での航行、或いは、霧中信号の吹鳴とともに、「レーダーによって他の船舶に著しく接近することとなり、又は、他の船舶と衝突するおそれがあると判断した場合は、十分余裕のある時期にこれらの事態を避けるための動作をとらなければならない」(4項)のほか、「他の船舶が行う霧中信号を自船の正横より前方に聞いた場合、又は、自船の正横より前方にある他の船舶と著しく接近することを避けることができない場合は、針路を保つことができる最小限度の速力に減じなければならず、また、必要に応じて停止しなければならない」(6項)というものである。
本件の場合、乙丸は、視界制限状態において、針路を保つことができる最小限度の速力に減じて航行したものの,小型漁船の探知に気を取られ、衝突までの8分間にわたってレーダーのレンジを0.25海里としたまま、かつ、一等航海士を昇橋させて操船補佐に当たらせないまま進行したため、レーダーによる見張りが疎かとなり、甲丸と著しく接近することを避けることができない状況となったことに気付かず、行きあしを停止しなかったのである。
また、甲丸は、レーダーによる見張りによって乙丸と著しく接近することを避けることができない状況にあることを認めたものの、中央ふとうに近寄って航行すれば左舷を対して無難に航過できると思い込み、一等航海士を操船補佐に当たらせないまま、かつ、衝突までの3分半にわたってレーダーレンジを0.75海里としたものの、レーダー監視不十分のまま進行し、最小限度の速力に減じることも、また、行きあしを停止することもしなかったのである。
このことから、レーダーは、レンジを適切に切り替えながら使用しなければ、他船は存在しないものと思い込むなど逆効果を招きかねず、また、レーダーで他船の存在を確認したとしても、同船の動静を的確に把握しなければ、所定の効果を期すことはできないということを銘記すべきであろう。
一方、裁決は、乙丸が西港口を入航するに当たり、左舷側に見る北防波堤南端から遠ざかって航行しなかったこと、換言すれば、右舷側に見る南防波堤西端に近寄って航行しなかったことも原因として摘示している。
これは、三重式見港は港則法が適用される港であることから、予防法40条によって,視界制限状態にあっては、港則法の「避航に関する事項」は適用されないが、「運航に関する事項」は適用される旨の規定があるからである。 
具体的には、港則法15条の「防波堤の入口又は入口付近」の航法は、「避航に関する事項」であるため、視界制限状態の本件には適用されないが、同法17条の「防波堤、ふとう等の付近」の航法は、「運航に関する事項」であるため、視界が制限される状態にあっても適用されるのである。  
ただし、本件が視界良好なときに発生しておれば、「防波堤の入口又は入口付近」が「防波堤,ふとう,停泊船等の付近」に比して特定の場所であるため、港則法15条が同法17条に優先して適用されるという説が有力であるが、最近は15条は権利義務の関係が生じるため,17条が多用されているようである。 
ところで、乙丸が、北防波堤南端に近寄って航行した理由は詳らかではなく、同船が総トン数308トンの漁船であることを考慮すると、北防波堤南端に近付けば、水揚げ岸壁の中央ふとう西側岸壁に近いということが念頭にあったとは考え難い。
しかしながら、「西港口の外側で北防波堤に寄せるつもりであった」ということは、同船は、航法の基本原則の一つである「右側通航」という理念が、視界制限状態にあっても適用されるということについて、認識が欠如しているのではないかといわれても止むを得ないと思われる。 
なお、乙丸は、甲板上の作業灯を点灯し、同灯の明かりが周囲の霧に反射している状態で入航しているが、一般に漁船が作業灯を点灯していると灯火の見分けが困難となることから、少なくとも入・出航時は控えるべきであろう。 
また、三重式見港には前灯及び後灯からなる導灯が設置されているが、入航船が同導灯線に乗った入航針路をとると、南防波堤西端を200メートル弱の正横距離で通過することとなり、かつ、その時点で西港口を横切るために約90度の右転を余儀なくされることから、入航船は北防波堤南端に接近するようになるのではないかと危惧される。そのため、入航針路は、前広に西港口に直角に向く態勢が取れるようにするのが望ましいと思われる。 
序でながら,裁決は、乙丸について、「視界制限状態における運航が適切でなかったばかりか,防波堤の突端を左舷に見て航行するとき,できるだけこれに遠ざかって航行しなかった」ことを原因としているが,衝突地点が港則法が適用される三重式見港内であることから、後者が一義的な原因として指摘されるべきではないかという意見がある一方、事故発生以前から視界制限状態であったのであるから、裁決どおりでよいとする意見もある。

戻る