安全の船・安全の海をもとめて

第18例 漁船甲丸モーターボート乙号衝突事件

裁決要旨(平成17年7月21日 神審言渡)

         受 審 人 : A 

         職   名  : 甲丸船長
     操縦免許  : 小型船舶操縦士 

     受 審 人 : B 

         職   名  : 乙号船長
     操縦免許  : 小型船舶操縦士 

 

主 文

本件衝突は,甲丸が,左舷に見る岸壁の先端部からできるだけ遠ざかって航行しなかったばかりか,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,乙号が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aを戒告する。
受審人Bを戒告する。

理 由(事実)

1.事件発生の年月日時刻及び場所

平成16年8月22日17時48分
石川県金沢港
 (北緯36度36.8分 東経136度36.6分)

2.船舶の要目
船種船名 漁船甲丸 モーターボート乙号
総トン数 4.36トン
全  長

10.95メートル

7.50メートル

機関の種類 ディーゼル機関 電気点火機関
出  力 29キロワット 66キロワット

(2)設備及び性能等
ア 甲丸
 甲丸は,昭和55年3月に進水したFRP製漁船で,主として石川県金沢港沖合において刺網漁業に従事していた。
イ 乙号
 乙号は,平成15年9月に新規登録された,音響信号設備を有するFRP製モーターボートで,主として金沢港沖合において魚釣りなどに使用されていた。

 

3.事実の経過
甲丸は,A受審人が1人で乗り組み,かれい刺網漁業に従事する目的で,船首0.4メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成16年8月22日17時45分石川県金沢港大野新橋直下の大野川左岸にある係留地を発し,同港西方沖合1海里付近の刺網漁場へ向かった。
ところで,金沢港は,大野川河口の北側に広がる砂浜を,同川に平行して南東方へ掘り込んで築造された人工港であり,その掘削水路と大野川によって挟まれた大野岸壁から,金石地区方面への連絡橋として架橋された大野新橋南西端の同橋直下が,甲丸の前示係留地に当たり,他方,その北西側の隣接地には,モーターボートなどの係留地であるCマリーナが存在することから,甲丸及び同マリーナから出港する船舶は,全て大野岸壁南東端を回ったのち,同水路を経由して港外へと向かい,帰港する際は,その反対の経路を辿り,同岸壁南東端を回り込んで入港するのが常であったうえ,入港船及び出港船ともに大野岸壁に隠れた他船を発見し難い環境にあった。
離桟後,A受審人は,自船が入り船の態勢で係船していたことから,機関を後進にかけ,真っ直ぐに40メートルばかり下がった地点で極微速力前進としたのち,ゆっくりと右回頭を行い,17時47分半大野灯台から128度(真方位,以下同じ。)620メートルの地点で,五郎島ふ頭の南西端を船首目標とする069度の針路に定め,機関を微速力前進の回転数毎分1,000にかけ,5.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,手動操舵によって進行した。
針路を定めたとき,A受審人は,左舷に見る大野岸壁南東端からできるだけ遠ざかって航行するようにしなかったばかりか,前日に多額の水揚げがあったことから,今回の漁はどれくらいの漁獲があるかなどと,取り留めなく考えを巡らしていたことなどに起因して,見張りが不十分となり,このとき,左舷船首4度135メートルの地点でCマリーナへ向けて右回頭中であった乙号と,やがて,衝突のおそれがある状況となったが,同船の存在に気付かず,衝突を避けるための措置をとることなく続航した。
こうして,A受審人は,その後も,見張りを十分に行わず,乙号の存在に気付かないまま進行中,17時48分大野灯台から122.5度660メートルの地点において,甲丸は,原針路,原速力で,その左舷船首が,乙号の左舷中央部に前方から20度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力3の東北東風が吹き,視界は良好であった。
また,乙号は,B受審人が1人で乗り組み,実弟1人を含む釣り仲間3人を乗せ,魚釣りの目的で,船首0.29メートル船尾0.25メートルの喫水をもって,同日14時00分Cマリーナを発し,港口付近の釣り場へ向かった。
14時15分B受審人は,釣り場に到着したのち,金沢港西防波堤灯台東方ないし南南東方800メートル辺りで,きすやあじなどを釣ったのち,17時30分釣りを終え,同時35分帰途についた。
釣り場を発進後,B受審人は,全速力前進で前示水路を南下したのち,17時47分少し過ぎ大野灯台から115度700メートルの地点に達したとき,Cマリーナへ向けて右転を開始するとともに,機関を極微速力前進に減じ,4.0ノットの速力で,手動操舵によって進行した。
そして,17時47分半B受審人は,大野灯台から118度700メートルの地点に至り,船首が222度を向いたとき,右舷船首26度135メートルのところに,甲丸を視認することができ,やがて,同船と衝突のおそれがある状況となったが,右舷船首45度ないし同正横方向の大野川右岸に沿って複数のヨットが停泊していたことから,それらに著しく接近しないよう,当該ヨットが停泊している方向に気を取られ,見張りを十分に行わなかったので,甲丸の存在に気付かず,衝突を避けるための措置をとることなく右転を続けた。
こうして,B受審人は,その後も,見張りを十分に行わず,甲丸の存在に気付かないまま右転中,乙号は,船首が269度を向いたとき,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,甲丸は左舷船首部に亀裂を,乙号はキャビン窓を損壊したうえ左舷中央部外板に亀裂をそれぞれ生じるとともに,B受審人ほか,同船の同乗者3人が負傷した。
(航法の適用)
本件は,金沢港において,係留地から港外へ向かおうとしていた甲丸と,同係留地に隣接する所属マリーナへ向けて右転中であった乙号が衝突したものであり,以下,適用される航法について検討する。
まず,適用に相当すると思われる港則法及び海上衝突予防法を挙げると,次のとおりである。
1 港則法
甲丸は,大野新橋直下の大野川左岸に位置する係留地を離桟したのち,左舷に見る大野岸壁南東端を回って港外に向かおうとしていたものであり,乙号は,港外から同端を回り込んでCマリーナに帰着しようとしていたものであるうえ,両船ともに大野岸壁に隠れた他船を発見し難い状況であったことから,同法第17条の規定に従い,互いに左舷対左舷で無難に通過できるよう「右小回り・左大回り」で航行すべきであった。
2 海上衝突予防法
衝突地点が,狭い水道等の出入口とも考えられる大野岸壁南東端の鉄柱灯と水産ふ頭北西端に挟まれた,幅約140メートルの海域内に当たることから,海上衝突予防法(以下「予防法」という。)第9条の規定に従い,両船とも互いに右側端に寄って航行すべきであった。
以上2例を精察すると,衝突地点の周辺状況などから双方ともに十分な根拠があるが,金沢港は港則法施行令に定められた特定港に当たることから,予防法第41条第1項特別法優先の規定により,港則法第17条を適用するのが相当と考えられる。
また,理事官が主張する予防法第39条については,適用に相当する前示候補例があることから,これを適用するには当たらない。
よって,本件は港則法第17条をもって律することとする。
(原因の考察)
甲丸は,金沢港において,大野新橋直下にある大野川左岸の係留地を離桟して港外へ向かう場合,左舷に見る大野岸壁南東端を回り込んで来る船舶と互いに左舷を対して無難に通過できるよう,同岸壁南東端からできるだけ遠ざかって航行することは容易であったばかりか,船長が見張りを十分に行っていたならば,隣接するCマリーナへ向けて右転中であった乙号の存在に気付き,衝突を避けるための措置をとることは可能であったものと認められる。
したがって,A受審人が,大野岸壁南東端からできるだけ遠ざかって航行しなかったばかりか,見張り不十分で,乙号の存在に気付かず,同船との衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,乙号は,金沢港において,所属するCマリーナへ向けて右転中,船長が見張りを十分に行っていたならば,港外へ向かうとしていた甲丸の存在に気付き,衝突を避けるための措置をとることは,十分に可能であったものと認められる。
したがって,B受審人が,見張り不十分で,甲丸の存在に気付かず,同船との衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
警告信号については,衝突のおそれが発生してから短時間で衝突に至っている事実により,同信号を行ったとしても効果が期待できないと推認できることから言及しない。
(海難の原因)
本件衝突は,石川県金沢港において,係留地から港外へ向かおうとしていた甲丸が,左舷に見る大野岸壁南東端からできるだけ遠ざかって航行しなかったばかりか,見張り不十分で,乙号との衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,所属するCマリーナへ向けて右転中であった乙号が,見張り不十分で,甲丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,石川県金沢港において,大野新橋直下にある大野川左岸の係留地から,大野岸壁南東端を左舷に見て出港する場合,同岸壁南東端を回り込んで来る船舶を発見し難い状況であったことから,それらの船舶と互いに左舷を対して無難に通過できるよう,同岸壁南東端からできるだけ遠ざかって航行するとともに,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,同岸壁南東端からできるだけ遠ざかって航行しなかったばかりか,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,Cマリーナへ向けて右転中であった乙号の存在に気付かず,衝突を避けるための措置をとることなく進行して,同船との衝突を招き,自船の左舷船首部に亀裂を,乙号のキャビン窓を損壊したうえ左舷中央部外板に亀裂をそれぞれ生じさせるとともに,B受審人ほか,同船の同乗者3人を負傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,石川県金沢港において,所属するCマリーナに向けて大野岸壁南東端を回り込む場合,同マリーナに隣接する漁船の係留地から,港外へ向かう漁船を見落とすことがないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,大野川右岸に複数のヨットが停泊していたことから,それらに接近しないよう,当該ヨットが停泊している方向に気を取られ,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,港外へ向かおうとしていた甲丸の存在に気付かず,衝突を避けるための措置をとることなく進行して,同船との衝突を招き,前示の損傷等を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

コメント

本件は、石川県の大野川河口に構築された金沢港において、主として同港沖合で刺網漁業に従事する総トン数4.36トンのFRP製漁船甲丸が、同川河口の左岸にある係留地を発し、港外の刺網漁場に向かって東行しながら出航中、同港沖合いで魚釣りをしたのち、同係留地西方に隣接するようにして設けられたマリーナに向かって西行しながら帰航中のFRP製モーターボート乙号と、同港内で衝突した事故である。
裁決は、金沢港は港則法が適用される港であることから、衝突地点が幅約140メートルの狭い海域であり、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)9条の「狭い水道等の航法」の適用も考えられるが、一般法である予防法に対して、特別法である港則法が優先的に適用されるとし、また、同港には大野川河口右岸に大野岸壁が設けられ、同岸壁の南東端には、大野岸壁南東端鉄柱灯が突堤先端に設置されていたことから、本件には、港則法17条の、いわゆる「右小回り、左大回り」航法が適用されるとしている。
ところで、港則法17条は、防波堤、ふとうその他の工作物の突端又は停泊船舶を航過するときの規定であることから、船舶がそれらを航過するときに右転又は左転する場合のみならず、直進する場合にも適用されるのであって、これは航法の原則の一つである右側通航に通じるものである。
いずれにしても、裁決は、本件に港則法17条を適用していることは、予防法41条1項の規定からして順当な裁決であると考えられる。
しかしながら、甲丸は、港則法17条の「左大回り」の航法違反があり、また、「切迫した危険のある特殊な状況」を醸成したのであるから、予防法38条を適用して速やかに衝突を避けるための措置を取るべきであり、また、乙号は、甲丸の航法違反もさることながら、予防法38条の規定にいう「危険に十分注意し」、港則法17条の航法からできる限り早期に離脱して、衝突を避けるための措置をとるべきであったと考えられる(機船第三松山丸機船第六十五恵比寿丸衝突事件 東京高裁 昭和52年10月12日判決)。
なお、大野岸壁南東端の大野岸壁南東端鉄柱灯が設けられている突堤が、港則法15条にいう防波堤に相当するものであれば、本件海域は、「防波堤の入口又は入口付近」に相当し、「防波堤の入口又は入口付近における航法」の適用も考えられるが、本件の場合は、甲丸が衝突の30秒前に出航態勢となっており、乙号は、それまで甲丸が出航船であることを確認するすべがないことから、同法15条の適用は無理であろう。
(注)防波堤には、地方によって波除堤、水堤、防砂堤、導流堤、導水堤、河水堤、海堤などと呼ばれているものがあるが、操船運航上から見て防波堤と考えられるものは、すべて港則法上の防波堤である(港内航法の研究 滝川 文雄著 海文堂)、という意見がある。
また、両船が、衝突の30秒前に互いに相手船の前路に進出したという見方を取れば、お互いに衝突を避けるための措置を取るべきであったのであるから、予防法39条の適用も考えられよう。
因みに、予防法38条の「切迫した危険のある特殊な状況」とは、航法規定に関するものであって、「切迫した危険」が必要条件であるが、同法39条の「注意を怠ることについての責任」は、航法はもちろんのこと予防法各条の全般にわたるものであって、必ずしも「切迫した危険」を必要としないとされている(海難審判と行政訴訟 鈴木 孝著 竹田 稔監修 判例時報社)。
すなわち、両船とも全長がそれぞれ10.85メートル、及び7.50メートルと、比較的小型であることから、衝突の30秒前、両船間の距離135メートルのときに衝突のおそれのある見合い関係が成立したと思われるが、衝突までの時間的、距離的問題を考えれば、予防法39条を適用し、「切迫した危険のある特殊な状況」を醸成しないことが肝要ではなかったか、という意見もある。

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