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第2例 漁船甲丸漁船乙丸衝突事件

裁決要旨(平成14年10月8日・横審言渡)

受審人   : A
職 名   : 甲丸船長
海技免状 : 一級小型船舶操縦士

受審人   : B
職名    : 乙丸船長
海技免状 : 四級小型船舶操縦士

主 文

本件衝突は、甲丸が、見張り不十分で、漁ろうに従事している乙丸の進路を避けなかったことによって発生したが、乙丸が、見張り不十分で、有効な音響による注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
受審人Aの一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
受審人Bを戒告する。

理 由(事実)

1.事件発生の年月日時刻及び場所

平成12年7月12日16時20分
浦賀水道

2.船舶の要目
船種船名 漁船甲丸 漁船乙丸
 総トン数 4.8トン 3.13トン
登録長 11.50メートル 9.20メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
漁船法馬力数 90 70
3.事実の経過
甲丸は、固定式刺網漁業に従事し、船体後部に操舵室を有するFRP製漁船で、A受審人ほか1人が乗り組み、こち漁の目的で、船首0.4メートル船尾1.6メートルの喫水をもって、平成12年7月12日所属のC組合が取り決めた16時00分の出漁時刻に、15隻ばかりの僚船とともに千葉県萩生漁港を発し、同港西北西方沖合約2,000メートルの漁場に向かった。
16時03分A受審人は、萩生港第1防波堤灯台(以下「萩生灯台」という。)から290度(真方位、以下同じ。)1,960メートルの地点の、こち底刺網漁船の僚船の中では最も陸岸寄りの漁場に至り、総延長2,100メートルのこち底刺網漁具を2張りに分けて平行に設置するつもりで、トロール以外の漁ろうに従事している船舶が表示しなければならない形象物(以下「漁業形象物」という。)を表示しないまま、1張り目の投網を開始することとし、針路を030度に定め、機関を極微速力前進にかけ、2.8ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
16時14分半A受審人は、萩生灯台から319度2,050メートルの地点で、1張り目のこち底刺網漁具の設置を終え、2張り目の投網地点に向けて移動するため右回頭を始めたとき、自船の東側の浅海域で投網作業を行っていた数隻のえび底刺網漁船が、こち底刺網漁具より距離の短いえび底刺網漁具の設置を終え、萩生漁港に向かって帰航して行くのを認め、設置された同漁具と自船の1張り目のこち底刺網漁具との間に、2張り目の同漁具を設置することとして、同時16分同灯台から319度1,880メートルの地点で、針路を210度に転じ、機関を微速力前進にかけ、折からの南風に抗して4.0ノットの速力で、手動操舵によって続航した。
16時18分A受審人は、萩生灯台から312度1,830メートルの地点に達したとき、左舷船首13度350メートルのところに、乙丸を認めることができ、その後同船の方位が変わらず、衝突のおそれがある態勢で接近し、同船が漁業形象物を表示していなかったものの、その船型、操業位置、時刻、船首方位及び速力などから、乙丸がえび底刺網漁船で、極微速力で漁ろうに従事していることが分かる状況であったが、少し前に数隻のえび底刺網漁船が帰航するのを認めていたので、もう自船の周辺で操業する漁船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行うことなく、乙丸に気づかず、同船の進路を避けないまま、2張り目の投網地点を決めるため、GPSプロッターの画面に表示された1張り目の投網時の航跡を見ながら、同じ針路、速力で進行した。
16時19分A受審人は、乙丸が170メートルに接近したが、依然、周囲の見張りを十分に行わなかったので、同船に気づかないまま続航中、16時20分萩生灯台から303.5度1,790メートルの地点において、甲丸は、原針路、原速力のまま、その左舷前部に、乙丸の船首が前方から40度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力5の南風が吹き、潮候は下げ潮の初期にあたり、視界は良好であった。
また、乙丸は、固定式刺網漁業に従事し、船体後部に操舵室を有するFRP製漁船で、B受審人が1人で乗り組み、くるまえび漁の目的で、船首0.3メートル船尾1.1メートルの喫水をもって、同日16時00分僚船とともに萩生漁港を発し、同港西北西方沖合約1,500メートルの漁場に向かった。
16時08分B受審人は、萩生灯台から281度1,390メートルの地点の漁場に到着したとき、漁業形象物を表示しないまま、船首甲板の左舷側に船首方を向いて立ち、操舵室から同甲板に延長した自作の舵柄及びクラッチ操作棒をそれぞれ右手で操作しながら、針路を350度に定め、機関を極微速力前進にかけ、2.0ノットの速力で進行し、えび底刺網漁具を左手で一つかみずつ投入する方法で投網を開始した。
16時18分B受審人は、萩生灯台から301度1,710メートルの地点に達したとき、右舷船首27度350メートルのところに、甲丸を認めることができ、その後同船の方位が変わらず、衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、左手にはめた軍手に絡まったえび底刺網漁具を外すことや、投入した同漁具の展開状況を確かめることなどに気を取られ、周囲の見張りを十分に行うことなく、甲丸に気づかず、金属製のバケツをたたくなど有効な音響による注意喚起信号を行わないまま、投網を続けながら同じ針路、速力で続航した。
16時19分B受審人は、甲丸が170メートルに接近したが、依然、周囲の見張りを十分に行わなかったので、同船に気づかず、更に接近しても行きあしを止めるなどの衝突を避けるための措置をとらないまま進行中、同時20分少し前右舷船首至近に甲丸を初めて認め、衝突の危険を感じたものの、何をすることもできず、乙丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、甲丸は左舷前部外板に破口を生じ、乙丸は船首部を圧壊したが、のちそれぞれ修理された。また、衝突の衝撃で海中に投げ出されたB受審人は甲丸に救助されたが、右上腕骨頚部を骨折し、4箇月間入院して治療したものの、右肘強直状態の後遺傷害を負うに至った。
(原 因)
本件衝突は、千葉県萩生漁港西北西方沖合の浦賀水道において、甲丸が、1張り目のこち底刺網漁具の投網を終え、2張り目の投網地点に向けて移動する際、見張り不十分で、漁ろうに従事している乙丸の進路を避けなかったことによって発生したが、乙丸が、見張り不十分で、有効な音響による注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、千葉県萩生漁港西北西方沖合の浦賀水道において、1張り目のこち底刺網漁具の投網を終え、2張り目の投網地点に向けて移動する場合、漁ろうに従事している乙丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、数隻のえび底刺網漁船が帰航するのを認めていたので、自船の周辺で操業する漁船はいないものと思い、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、乙丸に気づかず、同船の進路を避けないまま進行して衝突を招き、甲丸の左舷前部外板に破口及び乙丸の船首部に圧壊をそれぞれ生じさせ、B受審人の右上腕骨頚部を骨折させ、のち右肘強直状態の後遺傷害を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は、千葉県萩生漁港西北西方沖合の浦賀水道において、えび底刺網により漁ろうに従事する場合、衝突のおそれがある態勢で接近する甲丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、左手にはめた軍手に絡まったえび底刺網漁具を外すことや、投入した同漁具の展開状況を確かめることなどに気を取られ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、甲丸に気づかず、金属製のバケツをたたくなど有効な音響による注意喚起信号を行うことも、更に接近しても行きあしを止めるなどの衝突を避けるための措置をとらないまま進行して同船との衝突を招き、前示の事態を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

コメント

本件は、千葉県富津市沖合の浦賀水道において、1張り目のこち底刺網漁具の設置を終え、2張り目の刺網漁具を設置するため、投網地点に向けて4.0ノットの速力で南西進中の、総トン数約5トンの甲丸が、えび刺網漁具を投網しながら2.0ノットの速力で北上中の、総トン数約3トンの乙丸と衝突した事故である。
裁決は、本件発生の原因として、乙丸が甲丸を右舷船首方に見て、互いに進路を横切る態勢で航行中に衝突した事故であるとはいえ、乙丸は漁労に従事していたことが認められるとし、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)の各種船舶間の航法を適用して、甲丸が、見張り不十分で、漁労に従事している乙丸の進路を避けなかったことによって発生したものであるが、乙丸が、注意喚起信号を行なわず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである、と結論付けている。
ところで、海上交通法規の根幹をなす航法は、右側通航といったことのほかに、操縦容易な船舶が操縦困難な船舶を避ける、という思考が根底にあり、各種船舶間の航法はこれを明確化して規定したものであるが、それだからといって、操縦容易な船舶が、操縦困難な船舶を見て、同船が操縦困難な状態にあることを認識できなければ、これを避けることができないので、操縦困難な船舶は、その状態にあることを示す形象物又は灯火を表示するように義務付けている。
本件の場合、えび底刺網漁業に従事していた乙丸は、トロール以外の漁労に従事している船舶が表示しなければならない、いわゆる鼓型の黒色形象物を表示していなかったので、本来的には予防法18条は適用されないと考えられるが、他船からは同船の船型や極微速力での航行状態、操業位置、操業時刻、船首方向等から、えび刺網漁労に従事していることが分かる状況であったと認め、乙丸は漁労中であったと認めたものである。
このことは、大阪港の防波堤入口付近の内港航路において、入・出航する二隻の大型船が衝突した事故で、出航する大型船が、大型船であることを示す国際信号旗数字旗1を掲げていなかったことについて、「同旗は、大型船と小型船及び雑種船の航法関係を規制するために掲げるものであるから、双方が大型船である本件においては、その不掲揚は事故発生と関係がない」、すなわち、「よく見れば相手船を大型船であると理解できる場合は、数字旗1が掲載されていなくても、同船を大型船と認めて対処しなければならない」という趣旨の判例(昭和45年(行ヶ)第88号 機船朝照丸機船アーゴビーム衝突事件(昭和51年11月18日 東京高裁判決)を敷衍、準用したものである。
ただし、4.0ノットで航行している甲丸が、2.0ノットで航行している乙丸を見て、同船は漁労に従事している船舶であると見分けることは、その船型や投網速力の他に、船首方向や操業時刻といった見分け要因を勘案しても、かなり困難ではないかと考えられる。殊に乙丸の相手船が同業船ではなく、貨物船やプレジャーボートのような漁労とは無関係な船舶の場合は、漁船の操業状態に通暁していないのが通例であることから、漁労中であるとの認識手法としては、事実の経過で認定されているとおり、えび底刺網漁具を投入している様子から、漁労中であることが分かる、とした方が理解し易いのではないか、という見解もある。
灯火及び形象物について
しかしながら、法定の灯火又は形象物を表示することは、船舶にとって何よりも優先すべき義務であり、これを怠ることは、自船の優位性を自ら放棄するに等しいばかりか、逆に自船の不利益を招くことにもなりかねないことを銘記すべきである。
すなわち、権利を主張するためには、先ず義務を履行する必要がある。
たとえば、無灯火の船舶は、それがたとえ運転不自由船であっても、他船が同船を視認できない限りこれを避けることができないのであるから、衝突の原因は、無灯の船舶にあると認定されることが考えられる。
また、航行中の船舶が、形象物を掲げることなく漁具を用いて漁労に従事している漁船の近くを、同船が漁労中であることを認識できないまま進行して漁具に接触した場合には、漁船に原因があると見なされることも考えられる。
このように、灯火や形象物は、自船の存在とともにその状態を示し、航法関係を決定する要因であることから、これらの不表示は、責任の所在やその軽重が問われることがあるばかりか、最悪の場合には船舶の損傷や人命の喪失にもつながりかねないことがあることを銘記する必要がある。
一方、違法、不適切な灯火を表示していた場合も、同様な問題が提起されることが考えられる。
例えば、操業を終えて帰路についたトロール漁船と他の動力船が、互いに進路を横切り衝突のおそれがある場合で、トロール漁船が、トロールにより漁労に従事していることを示す灯火又は形象物(以下「操業灯等」という。)を表示したまま、右舷船首方に見る動力船の進路を避けるため右転したとき、同動力船が、左舷船首方に見る漁船の操業灯等を見て、同船は漁労に従事している船舶であると考えて左転したため、両船が衝突した場合、漁船側の違法な灯火が原因であるとされることが考えられる。
また、灯火や形象物を法律に定められているとおり表示している場合であっても、安心して見張りを疎かにするようなことがあってはならない。その理由は、船舶は、航行中も停留中も、また、船舶交通が輻輳する海域にあっては錨泊中といえども、見張りを厳重に行い、衝突回避のための適切な動作をとることが求められているからである。

参考

海上衝突予防法 
18条1項(抜粋)
航行中の動力船は、次に掲げる船舶の進路を避けなければならない。
 1 運転不自由船
 2 操縦性能制限船
 3 漁ろうに従事している船舶
 4 帆船
20条1項(抜粋)
船舶は、法定灯火を日没か日出までの間表示しなければならず、また、この間は、次の各号のいずれにも該当する灯火を除き、法  定灯火以外の灯火を表示してはならない。
 1 法定灯火と誤認されることのない灯火であること
 2 法定灯火の視認又はその特性の識別を妨げることとならない灯火であること
 3 見張りを妨げることとならない灯火であること
20条3項
船舶は、昼間においてこの法律に定める形象物を表示しなければならない 

 

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